昨日の朝に妻から、「今日は何の日か知ってる」と。

 

はてさて何の日だったかなぁと思いました。

 

妻が、「八幡神社の祭礼の日だけど、最近は第○週の土日か何かに変更したのかなぁ」と。

 

なので私が、「そう言えば、毎年10月になると聞こえていた、祭礼の屋台の太鼓を練習する音も聞こえなかったし」と。

 

そして「毎年10月15日が秋祭りで、息子が小学生の時には3人とも屋台に乗り、太鼓を叩いたなぁ」と言いました。

 

なので息子が乗子であった3回とも、私達S小学校PTAソフトボール部で屋台車を押し、I地区を回ってお賽銭を頂きに巡廻したなぁ」と。

 

その時、思い出しました、「今日は10月15日で結婚記念日だった」と。

妻曰わく、「忘れていたんやろ」と。

 

その時にはソフトボール熱が全市内で盛んになり、ナイター証明が各地区の小学校や中学校に設備されました。

 

そして徳島市(佐那河内村を含む)小学校PTAソフトボール大会で優勝したのもその頃でした。

24チーム(A・Bチーム含む)以上もの出場参加チームでした。

 

その時の監督がK氏(社会福祉協議会会長・I地区会長・市会長・県・副会長)でキャプテンが私でした。

 

何時もK監督からは1番打者でショートと言われ、「切り込み隊長やから必ず何としても出塁せよ」との事でした。

 

決勝戦は最終回1アウト、ランナー2塁(私)で次打者がセンター前ヒットし、私がホームにヘッドスライディングをしました。

その時の球審がベテラン審判員のW氏でした。

 

アウトかセーフか一瞬静まりかえった後、大きな声で、「セーフ」とコールがありました。

ベンチからもPTA応援団からも大歓声が沸き上がりました。

 

結果はその1点が勝ち越しとなり優勝したのです。

 

その結果、地元の古老や神社総代会から要請があり、PTAソフトボール部が屋台車を押すことになりました。

 

屋台車巡廻の時のお賽銭の配分金○○万円でユニフォームを作り、次の時にはS小学校にテントを寄付し、更にその次の時にはPTAにと祭礼での活動を3度したのです。

 

未だにK氏は、「あの時にはソフトボール競技全盛時代で、面白かったなぁ」と言われます。

 

因みに私が役員をしていました、徳島市ソフトボール協会が主催(後に県ソ協会主催)していたシニアソフトボール大会には四国四県から制限しても36チームもの出場参加チームがありました。

 

その時には私は市ソ協会の審判員の平理事で、まさか自分が常務理事・審判長・理事長・副会長となるなど、夢にも思いませんでした。

 

ましてや県ソ協会の審判員から、平理事・常務理事・副会長・会長などは、全く思いも依らないものでした。

 

今振り返れば県・市ソフトボール協会の審判・理事・役員を40年間も務められたものだと思います。

土・日・祝は朝から大会会場に行き、家庭の事などは放ったらかしでした。

 

それもこれも妻や家族のお陰だと感謝しています。

 

そして結婚してから早くも53年が経ちました。

それを昨日妻は私が思い出すように、「10月15日は八幡神社の祭礼で・・・」と言ったのですが、スッカリ忘れていたのです。

 

その時に屋台車に乗った小学生の息子3人達は、一男52歳・二男50歳・三男47歳(もうすぐ48歳)にもなっています。

 

「はや53年、もう53年」なのです。

 

それにしても徳島市役所から、「金婚式の祝い」の案内状は届かなかったなぁ。

最近は開催していないのかなぁと思いました。

 

 

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べーやん 徳島文理大学

 

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