昨日は江戸時代の阿州(阿波国)住人の刀匠(吉川祐芳)が作刀した日本刀の記事が第一面を飾っていました。

 

その刀は幕末に京都を中心に活躍した新撰組の近藤勇局長が所持していたモノでした。

 

長さ2尺3寸(75.8cm)で表面には「阿州吉川六郎源祐芳」裏面には「慶応元丑年八月」と銘が切られていると。

 

その刀の所有者は、幕末に板橋で捕縛され処刑された近藤勇のモノであり、晒し首と共に隊士が福島県の寺院に持ち帰り埋葬したのだとも。

 

その後、「板東俘虜収容所」の旧・会津藩出身の松江所長が、故郷の福島県会津若松市の市長時代に入手したのだと。

そして現在では京都市の霊山歴史館が入手し常設展示をされているとも。

 

しかし昨日の記事には近藤勇が所持していたのが、何時判明したのかが記載されていませんでした。

新聞記事を読む限り、一昨日にでも判明したかのような錯覚になりました。

 

これらの事は、日本刀愛好家や専門誌には以前から知っていて書かれていた事なのですが。

 

そして近藤勇と云えば長曾弥興里虎徹入道が有名ですが、これは幕末に大阪の豪商・鴻池家に不逞浪士団が押し入った時に、新撰組が退治したお礼に鴻池善衛門から贈られたモノだという言い伝えも残っているのです。

 

江戸末期には、東の虎徹、西の井上真改・津田越前守助廣と謳われたそうです。

 

近藤勇は書状の中で、刀は東のモノに限る、西のモノは見た目は綺麗だが実戦には不向き(折れる・曲がる・刃毀れする)と書き送っているのです。

 

なので東の虎徹を愛でていたのかも判りません。

 

それなのに阿州住吉川祐芳の刀を差し料にしていたのは、お気に入りの作で有ったのかも分かりません。

重ねも厚く身幅も有り重さも半貫(1.8kg)ほども有るとか。

 

昨年の徳島城博物館での日本刀展示会では、虎徹の他に蜂須賀家の元・所有していた刀(国宝)も展示されておりました。

 

しかし昨日のT新聞は朝刊でしかも第一面での記事でしたが、そんなに大きな出来事なのかと思いました。

この前にも第一面で徳島県人の疾病率の事を採り上げていました。

 

この記事には、この採り上げ方にはT新聞のOBらしき人々が、非難されておられたものです。

第一面記事に相応しい内容なのかと。

 

昨日の記事も、私の様な日本刀にはズブの素人のには嬉しい記事かも分かりませんが、さも前日に新発見されたような記事には少し違和感を覚えました。

 

日本国の総理大臣が決まる自民党総裁選挙や、新型コロナウイルス感染拡大のクラスター源調査記事等々、記事にする事は他にも有るのではと思いました。

 

新聞記者が変わったのか、新聞社の方針が変わったのか分かりませんが。

 

県政に対しての批判や監視、また県民の意識調査、県民目線での記事や為政者への対応と、もっと他の事に新聞社の顔でも有る第一面を使用されたらと思いました。

 

永年の愛読者として、社説・鳴潮を始め、県内各地の出来事を報道される記事には、何時も感心しています。

 

頑張れ地元T新聞。

頑張れ記者魂を持って。

 

 

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