本来ならば午前9:00分から、徳島県中学校男女ソフトボール大会・ATロータリークラブ杯が開催される予定でした。

 

しかし前日までの雨天で中止となりましたので、日曜日の午前中の時間が空きました。

 

なので前日に行きました地元のH理髪店に8:30分に電話をし、開店しているかどうかを確認しました。

奥さんが電話口に出られ、「はい、9:00分から開けておりますので、どうぞ」と。

 

自宅から徒歩3分なので、8:55分に自宅を出て散髪に行きました。

H店主曰く、「昨日はスミマセンでした、12:00分に終わらせて貰いましたので」と。

 

なので私が、「何か急用が出来たのですか」と。

すると、「いや、昨日は13:00分から、小型船舶操縦免許の実技試験があったので」と。

 

そこから話が弾み、私が35年ほど前に4級小型船舶操縦免許を取得し、翌年には1級小型船舶操縦免許を取得した事を話しながら散髪をして頂きました。

 

H店主曰く、「昔の小型船舶の試験官は凄く偉そうにしていて、受験する者はビビッていたそうですね」と。

そして、「今は、国家試験免除コース等は優しく親切ですよ」とも。

 

そしてまた話が替わり、「どうなっとるか知らんけど、阪神が調子がええなぁ」と。

そこでまたまた阪神の話が弾み盛り上がりました。

 

これが負けが込んでいた開幕時は、「何でなんで・・・云々」とブツクサ批判をしていたのですが。

因みに彼のH店主も大の阪神ファンなのです。

 

散髪を済ませ、昼食を済ませ、12:30分に事務所に行きました。

そこでブログを打ち、13:15分に事務所から徒歩3分の、徳島市ふれあい健康館に行きました。

 

13:30分から開催されました、NPO法人・阿波国古代研究所の主催の講座に出席するためです。

 

昨日の講座は、第15回阿波国古代研究所・調査報告後援会、「神武東征説話の謎を解く(下)と題し、理事長のS先生による報告でした。

 

それは、「阿波国内での出来事を古事記・日本書紀が改編・改ざんしたため、地名や地理的条件が合致していない」と。

 

阿波国内(倭国・一部は讃岐を含む)の出来事、「勝浦川流域の勢力(事代主命)が押し立てた神武が、吉野川北岸勢力(阿讃山地山麓の勢力)を征服して行ったものです」との事。

 

そこで戦いをした人々(いや神々)をお祀りした神社や、地名が徳島県内で当て嵌めれば見事に一致します」とも。

そして、「また天皇が詠まれた歌も全てが一致しています」とも。

 

「神社も地名も、奈良県や大阪府では少し無理があり、後世に名付けたりこじ付けた事が分かるのです」と。

また、「それも時の権力者の藤原氏等が、皇室に具合が悪いと判断した箇所を書き換えさせた、改ざんさせたと思われる」とも。

 

「なので、神武天皇の御陵は奈良の橿原神宮ではなく、最初に葬られた場所は徳島市澁野古墳群の樫田周辺だと思います」と。

 

「その後に、徳島県(阿波国(倭))から奈良県(大倭・後に大和)へ移住して行ったので、元の居た本願地と新規に移住した地と、無理に合致させようとしたので混乱した解釈のままで現在に至っている」とも。

 

しかし、「これは私の調査した限りではと申し上げておきますし、私の考えではこの様に思います」との事でした。

 

昨日は、新型コロナウイルス感染防止のため、受講者が少ないのではないかと思いましたが、案に相違して満席でした。

 

次回は8月30日(日)13:30分に開講予定です。

 

いや!古代史はロマンが有りますし、ましてや阿波国は日本でも最も古い国なので、古事記に書かれた事柄や古事記の舞台が徳島県内を中心にした物語だと思うと、何故かワクワク感があり大変面白いのです。

 

でも古代史専門学者等は、多分に鼻で笑うのでしょうね。

 

「それは奈良県を中心にした出来事です」と。

「欠史八代とか云われる天皇が、阿波に居られたとは何とバカな事を云うのか・・・・云々」と。

 

しかし初代から五代までの天皇は・・・・云々と説明しても、多分端から聞く耳を持たないでしょうから。

まぁ、自分さえ楽しければ、自分さえそう考えていれば、自分さえ納得していれば、それでもイイかなと思います。

 

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