昨日は半年間の厄落としのために、地元に在るK神社に参拝に行きました。

 

茅の輪潜り

元々私は、地元に在るH神社の氏子の地域の住民なのですが、H神社には茅の輪が設けられていないのです。

 

助任

なので昨日は、15:00分からの防犯パトロールが終わった後で、16:00分にK神社に行きました。

 

防犯

参拝される方も数人がおられました。

道路際に立つ鳥居の手前で一礼し境内に入りました。

 

何と其処には知人のN獣医師が、子供さんを連れて参拝をされておりました。

N先生は、我が家の愛犬は代々お世話になっている、Nアニマルクリニックの獣医師なのです。

 

私が、「先生ご参拝ですか、お珍しいですね」と。

N先生曰わく、「石部さん、私はここの氏子なのです」と。

 

そしてまた、「今年は総代会等で話し合い、茅の輪を造りましたので、どうぞ参拝をして下さい」との事でした。

 

そして拝殿前に設えた茅の輪の横に、参拝の仕方(潜り方)の説明書が貼られておりました。

 

元々は神代の昔に、荒ぶる神(須佐之男命)が諸国を巡っていた時に、兄弟が居たので一夜の宿を請いました。

 

金持ちの弟(巨旦将来)は断りましたが、貧しい兄(蘇民将来)は「貧しくてお持て成しも出来ませんが」と云って一夜の宿をお貸ししたのです。

 

荒ぶる神が数年後に蘇民将来の家を訪れた時に、もし悪い病気が流行る事があれば、茅ガヤで造った輪を腰に付けていれば病気にならないから」と云われたので、素直な兄はその通りにしたのです。

 

翌年に疫病が大流行し、弟の家は疫病に罹ったが、兄の家は罹らなかったとの事です。

この言い伝えから、「蘇民将来」と書いた紙を門に貼っておくと、災いを逃れるという信仰がうまれたそうです。

 

何故か神道の話は、旧約聖書(過ぎ越しの祭り)の物語に大変良く似ているのです。

また伊弉諾・伊弉波の国造りにしても、旧約聖書(創世記)の物語に大変良く似ています。

 

昨日は、茅の輪の前で一礼し、左足から潜り左回りをし、また一礼して左足から右回りをし、一礼して再度左足から左回りして正面にて一礼し、左足から潜り前に進み拝殿のまえに進みました。

 

茅の輪潜り

お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍して参拝し一礼して終わりました。

 

ただ茅の輪を潜りながら「祓へ給へ、清め給へ、守り給へ、幸へ給へ」と唱えるか、1週目には、「水無月の夏越しの祓えをする人は、千歳の命延と云うなり」と。

 

2週目には、「思う事、皆つきねとて麻の葉を、切りに切りても、祓えつるかな」と。

 

3週目には、「宮川の、清き流れに禊ぎせば、祈れぬ事の叶わぬはなし」と唱えながら回るのだとか。

 

この作法は神社により違うとか。

 

なにわともあれ、昨日は半年間の穢れを落とし、厄払いをし参拝を済ませました。

 

昨年は息子(二男)の居住地のO神社の夏越しの祓えで茅の輪潜りを致しました。

 

茅の輪潜り

今年は新型コロナウイルス終息をお祈りしました。

 

因みに、私が初めて茅の輪を潜る神事に参拝したのは、16年程前に東京の愛宕神社でした。

 

助任

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べーやん 徳島文理大学

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