近所のH理容店には高校3年生の時に行きました。

 

徳島 助任校区 附属小学校

H君が妹の同級生で、彼が中学校を卒業後に専門学校に行き、父親の後を引き継いで散髪屋さんになりました。

 

私が高校卒業後に大阪に行き、25歳で結婚と同時に徳島にUターンしました。

 

東京

そこからまた7年振りにH理容店に散髪に行き、あれから52年目になります。

散髪をして貰いながら、その話になりました。

 

奥さんが、「石部さん、まだ重りを着けて続けて毎晩ウオーキングしていますか」と。

私が、「今、息子(三男)がくれた4代目の重りを着けて歩いています」と。

 

三男

奥さん曰く、「それで何時も元気なんじゃ、いつ見てもお若いしシャンシャンしているし、歩いている姿も若々しいし」と。

 

H店主曰く、「自分も負けない様に、暇が出来たら歩くようにしているし、毎朝、5:30分には目の前の城山の頂上に登っています」との事でした。

 

助任

そして「ラジオで6:00分からラジオ体操を聞きながら体操をし、中央公園でラジオ体操を終えた方々が登って来る時に、下山しています」とも。

 

なので私が、「階段や坂道を上り、負荷を掛けると有酸素運動になるのでイイですよ」と。

 

そして、「私は早朝から夜間のウオーキングに変えたので、負荷を掛けるために重りを装着してウオーキングをしています」と云いました。

 

三十年ほど前には早朝5:00分に起床してウオーキングをしていました。

しかし20年ほど前の阪神大震災から後には、20:00分からの夜間ウオーキングに変えました。

 

助任

散髪をして貰いながら、お互いが阪神タイガースの勝てない理由や守備の悪さ、打撃の悪さを言って憂さ晴らしをしました。

 

そしてH店主が、「最近になってアチコチの理容店が閉店し、自分所へお客様が何人も来てくれ出しました」と。

また、「そういう自分も後期高齢者の仲間入り(75歳)したので果たして何時まで出来るか」との事。

 

なので私が、「Kちゃん(下の名前で呼んでいます)、私は今更どこにも散髪に行けないので、私があの世に逝くまで後6年ぐらいは元気に散髪屋を続けていてよ」と云い大笑いになりました。

 

奥さん曰く、「何で後6年なんですか」と。

なので私が、「内の家系は大勢の叔父も叔母も、お袋も皆が83歳であの世に逝っているので」と。

 

H店主曰く、「お父さんは90歳位まで生きられたのでは」と。

 

なので私が、「親父だけが例外で、近所に姉と妹が住んでいて、共に夫に先立たれていたので、親父を至れり尽くせりの世話をして貰ったので」と云いました。

 

H夫婦とも、「いやいや石部さんは元気なので、お父さんの90歳までは行くんで違うで」との事。

 

べーやん

だから私も、「それならKちゃんも90以上まで散髪屋を続けて貰わないと」といったのでまたまた大爆笑となりました。

 

散髪だけは占い師(手相観)と同じように、「黙って座ればピタリと当たる」でないと困ります。

 

散髪代として妻に貰った4,000円から、3,600円を支払って帰りました。

 

つらつら数えるに、今までにH理容店には630回ほど散髪をして貰った事になります。

本当にお世話になっています。

 

90歳まで後13年間は無理ですが、83歳まで後6年余り、宜しくお願い致します。

やはりこれも何かのご縁なのでしょうか。

 

 

助任

 

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べーやん 徳島文理大学

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