この前に孵化した2種類のメダカが元気に泳いでいます。

 

妻が産卵も孵化も見付けてから2週間ほどになります。

孵化したのを見つけた時に体長は3〜5mmでしたが、いまでは10mmにも成長しています。

 

産卵したホテイアオイを発泡スチロール製の箱に移してやりました。

 

水槽替りの2箱に移したのですが、ブラックとグレーに背筋にシルバーの2種類を混ぜて移してしまいました。

 

私は分けて入れたつもりですが、どうも混ぜていれたようなのです。

妻曰く、「もう少し大きくなれば判別ができるのなら、今は一緒でもエエんと違う」と。

 

3週間ほど前に妻が産卵を見つけ、2週間ほどまえに孵化を見付けました。

しかし、その時の産卵数より現在では倍近いと思うほどの稚魚が泳いでいます。

 

早速ペットショップで購入した「ベビー」用の餌を朝夕に遣っています。

その餌も稚魚がもう少し大きくなれば「ネクスト」用に代えて遣るのです。

 

「ベビー」用の餌は極最少の粉末で、水槽に入れると水面に表面張力か何かで、サァーと広がります。

「ネクスト」用や「成魚」用も少しは拡散しますが、餌の粒子が大きいのでそこそこしか広がらないのですが。

 

稚魚が10mmぐらいになると、体色の濃淡が少しだけ判別が出来るようになりました。

 

やはり、ブラックとグレーにシルバーのメダカの産卵したホテイアオイを、一緒に入れたみたいなのです。

 

しかし昨日の夕方は餌遣りをし、ホテイアオイに付いてメダカと共に大きく成育している稚貝を取り除きました。

この稚貝の名前は判りませんが、除去しても除去しても次々と生まれ大きく成るのです。

 

水槽の水も青くなりましたが、次回の水替えは梅雨が明けてからと思っています。

 

稚魚の孵化した箱の水も餌等で濁って来ましたが、雨水が入っているので、こちらも梅雨明けにと考えています。

 

息子(三男)が、「友人からメダカが孵化したらを欲しいと頼まれている」との事なので、2L入りのペットボトルも2本用意をしています。

 

また近所の家主様からは、「新しく孵化したメダカが20mmぐらいになれば差し上げます」との事なので、睡蓮鉢に水を作り、水草を入れ用意しています。

 

私は大の犬好きなので、本当は犬(四国犬か柴犬)が飼いたいのです。

しかし寄る年波には勝てず、愛犬が15年間も生きると、最後まで世話が出来ないので諦めています。

 

先日、ペットショップにメダカの餌を購入しに行った時にも、子犬売り場で少しだけ見ていました。

全ての用件が25万円〜35万円の販売価額が表示されていました。

 

その点、メダカは新種でなければ300円〜1700円ぐらい価額でした。

 

その中の「おろち」を購入しようかどうか迷いましたが、今回は稚魚が多数孵化しているので、水槽を置く場所も無く諦めました。

 

しかしメダカにはズブの素人の私には未だに牡・牝の見分け方が解らないのです。

スタッフの説明では、「背びれの大きさや形態で見分けます」との事ですが。

 

ホワイト(真っ白)・緋色(赤色)のメダカの水槽には1尾づつしか残っていませんでした。

多分、青い色の水面に白色のメダカや赤色のメダカは、野鳥に見つかり易いのでしょうね。

 

それ等の水槽や水草には、野鳥の糞が多数残っていたのです。

 

たかがメダカですが、次々と問題が起きるものです。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:めだか メダカ

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

先日、ウオーキング時に出逢った知人から、「お濠の中に2年ぐらい前から棲み着いていたエイが、この前に取水口から出た所で見掛けましたが、凄く大きくなっていました」との事でした。

 

そう言えば2年程前には取水口の周辺で、直径20cmぐらいのエイが泳いでいたのを思い出しました。

 

多分、稚魚の時に新町川河口付近から福島川・助任川を遡り、旧・徳島城のお濠の取水口から中に入ったものと思われます。

 

その後、お濠に棲み着き、大きく成魚となったので、取水口に設けられた格子枠を出られなくなったのでしょうか。

 

そのエイが昨年は見掛ける事はなかったのです。

 

その知人はつい先日、大きくなったエイを見たとの事でした。

私は別の大きなエイが入って来たのかとも思いましたが、あの格子枠を大きなエイは潜れないのです。

 

なのでやはり以前から棲み着いているエイが、成長したのだと考えました。

 

それから毎晩ウオーキング時に、お濠端から中を覗き込んでいます。

しかしもう1週間以上にもなりますが、未だエイに出逢わないのです。

 

このお濠には各種の魚が住み着いています。

エイ・チヌ・ウナギ・ボラ・・・・等々が姿を見せています。

 

それと先日からお濠端に設置して有る、古くなった木柵を新しく交換していました。

白木丸太造りの柵は真新しく綺麗になっていました。

 

まだ使用可能な古い木柵も残してありますが。

 

そして東北の方角に架かる不浄門(数寄屋橋)も何か磨きでも掛けたのか、夜目にも白くなっていました。

この数寄屋橋は欄干や橋の上部の床板は木製なのですが、下部の橋脚は鉄筋コンクリート製なのです。

 

それを夜間はライトアップしていますが、何故下部も木製にしなかったのかと残念な気持ちです。

京都の嵐山の渡月橋や高知の播磨屋橋みたいなものです。

 

遠くから写真撮影をしたり、眺めると良いのですが。

やはり予算の関係でしょうね。

 

旧・徳島城大手門の鷲の門は、篤志家のO女史が以前に寄贈されたものです。

 

しかし旧・徳島城趾には城郭が建っていないのです。

元々が城山山頂には天守閣は無かったのですが。

 

なので明治期になって写真撮影されたモノを見ると、二の丸に建っていた三重の櫓が、天守閣の替わりなのだとも云われています。

 

昭和20年の徳島空襲で焼け野原になり、旧徳島城の城郭は何にも残っていませんし、残ったものは取り壊されたとか。

 

今では築城当時の遺構はお濠や城郭の石垣のみとなりました。

そのお濠の中に海の魚が住み着いています。

 

汽水域に住む淡水エイなのかどうか判りませんが、早くお目に掛かりたいと思います。

知人によれば、「20cmぐらいのエイが倍の40cm程にも成長していた」とか。

 

毎晩、お濠を覗き込んでいますが、「未だ待ち人現れず」の心境です。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:不動産屋さん

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

朝、事務所に行く時には、見えなかったか見過ごしていたのか分りませんが、夕方に帰宅しメダカに餌を遣りました。

 

その時に妻が、「未だメダカは孵化していないん」と。

 

なので私が、「あんたがこの前に、ホテイアオイの根に産卵したのを見つけてくれてから約1週間ほど経つけど、今朝は見えなかった」と。

 

すると妻曰く、「それなら孵化していないかどうか、私が確認してあげるから」と云って、水槽の置いてある所まで出て来ました。

 

私が、「ホテイアオイは此方の発砲スチロール製の箱に入れて有るから」と。

妻が覗き込んで見ていたが「これ見て、小さな5mmぐらいの子が十数匹泳いでいるわ」と。

 

そして、「お父さん、眼鏡を掛けないと見えないわ」とも。

部屋から老眼を取って来て覗き込みました。

 

発泡スチロール製の箱に入れた水が薄茶色く濁っていましたが、良く見るとホテイアオイの下側に、孵化した小さなメダカが沢山泳いでいました。

 

もう一つの箱もやはり孵化したメダカの子が沢山泳いでおりました。

妻曰く、「やはり孵化していたけど、お父さんが眼鏡を掛けずに見ているので、見過ごしていたのと違う」と。

 

本当に小さなメダカで、私の老眼(遠近)眼鏡を掛けても見えにくい大きさでした。

 

なので早速ベビー用の餌を遣りました。

箱を自宅の狭隘な庭の、一番日当たりの良い場所に置いてありました。

 

水温も手を浸けると生温い温度まで上がっていました。


しかし孵化したメダカは、白色なのか黒色なのか判りません。

 

発泡スチロール製の箱に水を入れ、ホテイアオイの根に産卵したモノを移す時に、4鉢から取り出し区別せずに入れてしまいましたので。

 

ご近所の家主様宅や大阪の息子(一男)宅でも、メダカが産卵し孵化しているのです。

 

ましてや昨年に、息子が我が家から大阪に持ち帰った黒色メダカ(ブラックダイアモンド)が産卵し、孵化しているのにと思っていたのです。

 

やはり日当たりなんでしょうか、水温なんでしょうか。

ご近所の家主様宅も南向きの庭に、息子の住む高層マンション(50階建て)でも南向きベランダで飼育していますので。

 

昨日は何故か嬉しい気持ちで一杯でした。

 

それと云うのも息子(三男)から、「友人がメダカを欲しいと云うので、親父の所のメダカが産卵し孵化したら貰うからと話をしている」との事でしたので。

 

これから毎日が水槽を覗いて、稚魚の成長を見るのが楽しみになりました。

本当に小さく、産卵や孵化に気が付かなかったなら、親メダカに喰われていたと思います。

 

白色メダカと黒色メダカをそのまま一緒に飼育すれば白黒のメダカが産まれるのではとも考えたりしています。

 

しかし今はただ、大きく成長するのを見守るだけですが。

 

「たかがメダカ・されどメダカ」なのです。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:めだか メダカ

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

9:30分に妻と自宅を出て、一路板野郡板野町犬伏に在るセンターに行きました。

 

センターまでの道順は、板野町出身の知人にセンターのパンフレットをLINEで送って頂きました。

カーナビにインプットしての走行でした。

 

ジャスト10:00分に、2020・徳島県・遺跡発掘物展示(調査報告)会場に着きました。

入館すると、先に入館されていた3人連れに学芸員らしき人が、「それでは此方から説明をさせて頂きます」と云われました。

 

これ幸いと私達夫婦も後に付いて行きました。

 

主に常設展示場では、県内での発掘調査で発掘された遺物を、縄文時代・弥生時代の順に遺物を展示されておりました。

 

以前から、徳島県内での遺跡調査で発掘された遺物を、時代順に常設展示がなされていましたが、今回は2020年と銘打つだけ有り、最近の遺跡(加茂の前・阿南市)、(加茂東・三好市)、(川原田・徳島市)の3遺跡からの発掘した遺物でした。

 

そしてこの3箇所の遺跡調査には、私の知人(夫婦会のメンバー)のS夫妻の夫のS氏が、今でも発掘作業員として関わっているのです。

 

またS氏が発掘した遺物(石臼・朱の生産道具)や、S氏の仲の良い同僚が発掘した遺物(石剣)も展示して有りました。

 

説明は展示場の主なモノを説明して回って頂きました。

最近の発掘遺物だけでなく、以前の徳島市の矢野遺跡や名東遺跡、鳴門市の萩原遺跡・・・等々も有りました。

 

なので時間的には約1時間半ほど掛かりました。

 

簡素に説明をされたら早いと思いますが、昨日は先の3人連れと私達夫婦の5人組みでしたが、私なんかが次々と初歩的な質問をするので、全てに答えて頂いたので時間を要したのだと思います。

 

本当に有り難うございました。

 

終わりに私が、採掘した辰砂から丹(朱)を生産している復元家屋の前で云いました。

 

私が、「三国志・魏志の中の東夷傳の中に、邪馬台国は女王卑弥呼が治め、その山には丹を産す」と有るので、邪馬台国は阿波の徳島ではないかと思っています」と云いました。

 

学芸員らしき人は、「それは仮設で有って、夢のまた夢ですね」と。

また、「丹(朱)は和歌山県の一部にも、三重県にも産した所は有りますから」とも。

 

なので私が、「三重県では生産していたと云われる集落の中に僅か4戸しか遺跡がなく、徳島県阿南市の加茂の前遺跡みたいに、近くに丹を産し採掘跡が在る若杉山遺跡(文化財指定)や、数十戸から成る朱の生産家屋跡が発見されていないし」と。

 

しかし学芸員らしき人は笑いながら、「将来、その地域から発見されるかも分かりませんからね」と。

なので私が更に、「東大説の邪馬台国北九州周辺では、未だに丹の採掘跡が見付からないので、これは違うのでは」と。

 

学芸員らしき人曰わく、「邪馬台国はどの地域を指すのか未だに分かっていませんから」とも。

そして、「日本国を邪馬台国と考えれば、その山に丹を産すと記述されていても良い訳ですから」と。

 

私は古事記に書かれている事を信用していますので、学術的なバックボーンが無い議論では通用しないのです。

 

それでも、最後まで興味深く面白く説明を聞いていて大変楽しかったのです。

12:00分少し前にセンターを出て、藍住町の有名なT製麺所に行きました。

 

満席でしたが暫し待ち、天ぷらザルうどんを注文しました。

何時食べてもここのウドンは美味しいのです。

 

その後に、大型ショッピングセンターへと妻が云うので、藍住町のYか北島町のFか少し迷いましたが、北島町のFに久し振りに行きました。

 

私は映画館の前と書店の前で時間を潰し、妻の買い物を待っていました。

15:00分に帰宅しました。

 

夜には息子(三男)と孫息子が、「祖父ちゃん、父の日のプレゼント」と云ってネクタイを呉れました。

息子曰わく、「内のが今日、駅前のデパートに行って購入してきた」との事。

 

早速、息子の嫁さんにお礼の電話をしました。

息子達が帰ってから2階の自室で、私の拙いブログ、「阿波のオッサンの呟き」に投稿しました。

 

昨夜の就寝は22:00分でした。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:可愛い孫ちゃ♪

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

昨日は土曜日なので早めに事務所を出て帰宅しました。

 

息子(二男)から、「繁忙期の半年間は、無休でしごとしているのだから、5月〜10月末までの半年間は10:00分〜15:00分までの勤務で良いから」と云われています。

 

また、「毎週水曜日も休んでも良いから」とも。

 

なのでそれに甘えて昨日も早めに帰宅しました。

 

その時に妻が、「息子(一男)からLINEが送られて来たけど、お父さんから貰ったメダカ(ブラックダイアモンド)の子が孵化したよと写真も送って来たわ」と。

 

スマフォでLINEの写真を見ると、睡蓮鉢に蓮の花が咲き、素面にはメダカの子が泳いでいる動画でした。

蓮の根に産卵し、つい先日に孵化したのだとか。

 

そして息子のLINEには、「お父さんのメダカは沢山孵化しているだろう」とも。

 

なので妻がLINEの返信で、「それが今年はサッパリ産卵もしないと云って、お父さんがホテイアオイを2日前に購入してきて各水槽に入れていたわ」と。

 

息子曰く、「そんなはずがないけど、今までの水草の根にも産卵はしていると思うけどなぁ」との事。

 

昨日妻が、「私が見てみるわ」と外に出て行きました。

 

水槽からホテイアオイを持ち上げて見ていた妻が、「お父さん、根っこに多数産卵しているよ、これが老眼で見えないのでわないの」と大きな声で云うのです。

 

慌てて外に出て、ホテイアオイの根を確認しますと、全ての根に産卵していました。

妻曰く、「これ見えてる、これ」と何度も言うのです。

 

しかし昨日までは時々見ていたのですが、産卵は見つかりませんでした。

今までの水草の根が白色なので、余計に見えなかったのかも。

 

2日前購入したホテイアオイの根は黒色なので産卵が良く確認できるのです。

なので水草の根も妻に確認して貰いましたが、産卵は見つかりませんでした。

 

妻曰く、「親メダカに喰われたのかも分らんわ」と。

孵化しても別の水槽に移してやらないと親メダカに喰われてしまいますので。

 

そこで新たに発泡スチロール製箱の水槽を作り、水を入れカルキ抜きを入れホテイアオイを移しやりました。

 

先日、水藻も購入しましたが、これには産卵はしていませんでした。

今までにも、スポンジ状の産卵グッズや、水草水藻、棕櫚の皮とか試してみましたがダメでした。

 

やはりメダカの産卵にはホテイアオイが一番良いとの確信を持ちました。

次の土日には白色メダカ・黒色(ブラックダイアモンド)の稚魚が孵化しているかも分りません。

 

これから朝夕の楽しみが増えました。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:めだか メダカ

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

つい先日にも投稿しました、増田俊也(ますだとしなり)著の、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」上・下2巻(新潮文庫)でした。

 

借りてから直ぐその晩に上巻を、そして2日後の昨日に下巻を読みました。

 

この文庫本の内容は私が若かりし時に最高のイベントで有った、「プロレスのチャンピオンである力道山と、柔道のチャンピオンである木村政彦との対戦で、その時の経緯や木村政彦氏の出自から、最後に無くなるまでをあらゆる資料や新聞で時系列に調査し、その中で木村氏が死ぬまで後悔の念と怨念を捨てきれなかった力道山との試合を詳細に書かれたモノでした。

 

木村氏が柔道界で如何に強豪で有ったか、またその超人的な練習がどれ程のもので有ったのかを検証しています。

そして現在の講道館柔道に欠けていると云われている寝技にも検証が及んでいます。

 

それは戦後、GHQによって武道が禁止された時に講道館が、「柔道は武道ではなく、スポーツで有り体育である」と詭弁を持って生き残ったからだとも。

 

なので大昔から連綿と伝えられていた柔術の技で有った「当て身」等が禁止され、「立ち技」が主流になったとか。

なので東京オリンピックの無差別級で、日本代表の神永選手がオランダのアントンへーシンクに寝技に持ち込まれて負けたのだとも。

 

その寝技や当て身が古来柔術の元でもあり、現在では寝技の主流はグレーシーに代表されるブラジリアン柔術に見る事が出来るとも事。

 

そして肝心のプロレス対柔道の世紀の一戦と持て囃された試合も、裏事情を詳しく調査されていました。

プロレスは八百長か否か、ストーリー(ブック・台本)通りの取り勝敗が最初から決められているとか。

 

そしてその対戦前の交渉で、力道山の巧妙で狡猾な契約書を作成した経緯や、後日に力道山から、「木村から八百長を持ちかけられたし、その証拠書類がこれだ」とマスコミに公開されたとの事。

 

それは力道山が交渉後に、「これは検討するから預かって押印してから返す」との事だったと。

しかし、その後幾ら請求しても返されなかった契約書であったとも。

 

内容は61分3本勝負で第1ラウンドはプロレスの力道山が勝ち、第2ラウンドは柔道の木村が勝つ、そして第3ラウンドで両者の痛み分けで引き分けるとの契約内容であった。

 

それを力道山が約束を破り、第1ラウンドの途中からセメント(八百長なし・ブックなし)の攻撃に切り替えたとも。

 

初めの内は柔道の木村もストーリー通りだと受け流していたようだが、力道山の右ストレートパンチを顎に喰らい、そのごは相撲での鉄砲(掌底・手のひら)攻撃に続き、倒れたところに顔面や後頭部にトウキック(足の甲でサッカーボールを蹴る様)を十数回も行いダウンさせたと。

 

これとても八百長だからと気を許して油断していた木村氏が駄目だとの意見も多数調べています。

またグレーシー柔術のチャンピオンも、「木村先生は最強の柔道家ですが、あのような試合に出たこと自体が間違っています」と。

 

そして、その対戦をリングサイドで見ていたT大学の後輩でもあるK空手O創始者も、負けた直後に、「力道山のやろうは汚い、俺が相手になってやると息巻いていたが、最後の方では、「木村は練習不足であり、油断をしていたのが敗因だ」と変化しています。

 

しかし裏社会(反射会)の人間により仕組まれていた経緯や興行で、日本中が世紀の対戦に湧きました。

 

そして負けた木村氏は社会的にも葬られ、負けた事実のみを背負わされ生き続けました。

歳を取っても柔道への愛着は凄く、T大学で後輩を指導しながら後継者の育成をしていきました。

 

そして勝った力道山は、若くして暴漢(一説には暴力団員とも)に刺され、それが原因で腸閉塞を起こし死亡されました。

 

昔の事でもあの対決は子供心に残っています。

 

この文庫本を読み終えて、今後は柔道や柔術を観る目が変わるかも分かりません。

 

本当に読書は良いものですね。

しかし老眼で文字が小さいのが文庫本の欠点でもあります。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:読書

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

4日ほど前に息子(二男)から、「自宅で自粛中に、時間が有ればこの本を読んでみたら面白いよ」と手渡されました。

 

時間が有りすぎ暇を持て余していたので、早速その夜から読みました。

 

その文庫本の題は、「グリコ・森永事件から28年目、捜査員300名による証言・キツネ目の男」で、NHKがドキュメンタリー番組を製作するにあたり、元・捜査員に証言して頂いた取材記録でした。

 

NHKの番組は数年前に放映されていますが、今更ながらグリコ・森永事件の真相や捜査本部・各府県警察(兵庫県・大阪府・京都府・滋賀県)の捜査や指揮系統・広域捜査の難しさ、縄張り意識や担当班の連携の難しさが理解出来ました。

 

この事件を参考にして、以後の警察庁を初めとした広域捜査の確立がなされたとも。

また科学捜査研究所の機器の精度の低さや、DNA鑑定が確立されていなかった時代での確証の困難さも分かりました。

 

そして肝心要の警察無線のデジタル化がされていなく、犯人側に警察情報が盗聴されていた可能性が大であるとも。

 

それでも犯人グループの一人である「キツネ目の男」には、捜査員が電車の中での不審な動きのキツネ目の男、また名神高速道路栗東サービスエリアで挙動不審のキツネ目の男を見掛けているのです。

 

サービスエリアでは滋賀県警の捜査員が県警本部に、「キツネ目の男がサービスエリアのベンチの下側に、何かを貼り付けているようなので、職務質問をさせて下さい」と。

 

しかし上司からは、「大阪府警が追跡中で、犯人側が指定した場所で金を受け取った所を現行犯逮捕するので、余計な事はしなくて良い」と。

 

この証言には、当時捜査本部で指揮を執られていた大阪府警S本部長が、「職質なんてとんでもない事だ、その男に黙秘されたらそれまでで、捜査方針通りに一網打尽にする為であった」とも。

 

しかし元・捜査員(刑事)達は口を揃えて、「職質さえ許可してくらていれば、また何でも難癖を付けて公務執行妨害で引っ張っていれば」と悔しさを証言していました。

 

またその後に、捜査先行班が高速道路の現金投下場所を確認し、次に来る会社員に扮した捜査員が乗った車両が通過した時にも現金を投下せず、またその真下で待機していた犯人グループの車両を、何も知らされていない滋賀県警のパトカーが職質し逃げられた時の件。

 

責任を取る感じで時の県警本部長が焼身自殺をされたとも。

その時のパトカー乗員の警察官は、その後刑事になりグリコ森永事件の捜査に関わったとも。

 

その事案も元・S大阪府警本部長は、「パトカーの乗員に過失はないし、寧ろ犯人が乗っていた車両や車両の中に置いていた無線機等々の、物証を確保しているので、殊勲者である」とも。

 

その他にも捜査員(刑事)が情報交換をせずに、自分で得た情報で犯人検挙をしたいとの思いが強かったとも。

 

またキツネ目の男の似顔絵を描いた捜査員は、キツネ目の男を間近で見た捜査員に確認し良く似ていると確証を持っていたとも。

この元・捜査員はNHK記者と懇談した1週間後に記者の似顔絵を描いていたと、似顔絵と記者の写真を掲載しています。

 

本当にソックリなほど良く描かれています。

 

この文庫本は大変面白かったのですが、文字が小さく読み終わるまで2日(1日2時間)を要しました。

 

そして一昨日、息子に返本しました。

その時に、「またこの本を読んでみたら面白いし、先の本より読みやすいから」と。

 

その文庫本は上下2冊で題名は、「木村政夫はなぜ力道山を殺さなかったのか」でした。

元・新聞記者であった作者が何年も掛けて取材し発行されたモノでした。

 

なのでこの文庫本も、昨夜から日課のウオーキングから帰宅した後、22:30分から0:00分まで読み出しています。

 

柔道家の、「木村の前に木村無し、木村の後に木村無し」と云われたほどの強豪柔道家でした。

その木村とプロレスの力道山が八百長試合をする約束でリングに上がりました。

 

1回戦は力道山が勝ち、2回戦は木村が勝ち、3回戦で引き分けるとの筋書きであったと。

 

しかし途中から力道山が約束を破り、木村に呆然と襲いかかり殴る蹴るの暴挙に出て木村を倒したとの事。

今はまだ初めの方を読んでいますので、これ以上は書けませんが兎に角面白いのです。

 

夜間、目が見えにくいのですが、面白さに負けて読んでいます。

 

若い時なら1冊を一晩で読めたものですが、今では1冊に二晩ほど要します。

やはり読書もボケ防止になりそうです。

 

夜の楽しみが増えました。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:読書

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

毎晩日課のウオーキングを再開しましたが、徳島中央公園の鷲の門が、再開した日の夜にはブルーでしたが、翌日からレッドに変更されておりました。

 

ブルーは新型コロナウイルスの対応で、毎日24時間休み無で取り組まれておられます医療関係者に、感謝の意を表す為に点灯や照明をされているとの事でした。

 

しかしレッドは何故なのか意味が解りませんでした。

昨晩までブルーであったのに、今晩は何故レッドなのかと思いながら、鷲の門内広場のベンチで休憩しながら飲料を飲みました。

 

少し離れた水道の設置してある所のベンチでは、高校生男子らしき2人がCDを掛けながらラップの練習をしていました。

 

休憩後、鷲の門を潜り抜け門前広場に出て、そのままお濠の通りに行きました。

そこから大手門を見ると、両側に設置された照明から赤色ランプで照らしていました。

 

お濠端を北に歩いて進みますと中央公園東入口の前で、パトカー1台と警察官が載るバイク’台が整列して置かれていました。

 

道路の両側に警察官が分れて自転車を止めて尋問しているようでした。

 

私はテッキリ夜間の無燈自転車の取り締まりかなと思いました。

暫らく立ち止まり取締の様子を見ていますと、止められた全ての自転車がライトを点灯しているのです。

 

なので何かの事件・事案かなと思いました。

 

鷲の門の方向から走行して来た自転車を警察官が制止し、「スミマセン、今自転車の○○で調べているので」と云いながら近ずいて行きました。

 

自転車運転していた若い男性が降りると警察官が、ライトで車体を照らしながら防犯登録番号を確認していました。

 

昨年のウオーキング時には同じ個所で、夜間無燈自転車の検挙?を何度も見掛けましたが。

 

やはり新型コロナウイルス流行でも、外出する時や移動する時に、そこらに駐めてある無施錠自転車を軽い気持ちで無断拝借するのでしょうか。

 

これとても確かな犯罪で窃盗罪になると思うのですが。

しかししかしなのですが、何時もの尋問と違うのはパトカーが出動していた事なのです。

 

普通なら交番勤務の警察官が4名ほどで尋問されていますが、昨夜はバイクの警察官7名とパトカーの警察官2名でありました。

 

なので自転車盗難検問ではなかったのかも分りません。

その前夜にもバイクに乗った警察官が6名ほど吉野橋交差点で留っていました。

 

私は底を左折してH神社方面に進みましたが、H神社を過ぎてM薬局から左折しT中学校から、N教育大学F小学校方面に走り去りました。

 

まるで私のウオーキングコースの先導車みたいでした。

 

昨夜もウオーキングしながら考えました。

 

春先に警察学校を卒業し、徳島中央警察署地域安全課・S交番に配属された新任警察官を、交番長や先輩警察官が毎日毎晩実地訓練指導をされているのではないかと。

 

そうでなければ毎晩のようにバイクで、数名の警察官がパトロールはしないだろうと。

 

そのバイクの警察官が走り去った後に、大きな騒音を響かせながらバイクに乗った暴走族らしき2人がH神社から徳島市体育館方面に低速でアクセルを吹かしながら走り去りました。

 

彼等暴走族も警察官の検問尋問動向を観ているかのようでした。

夜間に、ブ〜ンブン、ブ〜ンブン、ブ〜ンブンと低速で走られると道路際の住民は騒音で煩くて仕方がないのです。

 

毎年春先から梅雨時前ぐらいには、徳島市の近郊の町から粋がった若いし達がバイクに乗ってやって来ます。

しかし今年は新型コロナウイルスで自粛しているのかと思いきや、彼等輩には関係のないことでした。

 

昨夜は少し早めの21:50分に帰宅し、新聞を再度読み直しました。

 

旧・徳島城址大手門(鷲の門)を、ブルーからレッドに変更した理由が記載されておりました。

赤色の照明は、日本赤十字社の活動を県民・市民に知ってもらう為に、レッドライトに切り替えたとの事でした。

 

本当に今回の新型ウイルス流行では、医療関係者の方々には感謝しかないのです。

 

本当にありがとうございます。

ご苦労様でございます。

お疲れ様ですが、今後とも宜しくお願致します。

 

また警察官の皆様方にも市民を守る為に、日夜ご苦労様です。

大変お世話になりますが、宜しくお願い致します。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

 

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

昨夕、ご近所の家主様宅にお邪魔しました。

 

庭先で手仕事をされておられた家主様が、「このメダカを見て下さい、早くも産卵していたメダカが孵化しましたので」と。

 

良く見ると、発泡スチロール製の箱の中に入れた藻の間に、5mm程の稚魚が数十匹ほど泳いでいました。

親メダカは黒色の様ですが、背中から尾ひれに掛けて青色に筋が光って見えました。

 

家主様曰わく、「この子がもう少し大きくなれば差し上げます」との事でした。

そして他のメダカも腹が大きく膨らんでいました。

 

私の飼育しているメダカは、つい先日に水槽の清掃をしましたが、未だ産卵も孵化もしていませんでした。

やはり南側の庭先に置かれた水槽は日当たりが良いので水温も高く、メダカの活動が活発なのかも分かりません。

 

また家主様曰わく、「メダカは過保護に飼育しては駄目だし、さりとてほったらかしでも駄目ですよ」と。

 

そして、「そのまま放置していれば、野鳥と云うよりも「ヤゴ」に喰われてしまうので、日中は水槽に3分の2ほど蓋を掛けて遣れば良いのです」とも。

 

また稚魚が減るのが目に見えて分かるのは「ヤゴ」が水槽の底か水草や藻の中に潜んでいて、餌替わりに稚魚を食べるから」と。

 

そう言えば昨年の盆前に水槽を清掃した時に、「ヤゴ」が多数見付かった事を思い出しました。

その時には水草に「雨蛙」も数匹が潜んでいました。

 

家主様の奥さんが庭に出て来られ、「メダカが孵化したので、今日スーパーに行った時に発泡スチロール製の不要な箱は有りませんかと聞きました」と。

 

スーパーのスタッフが、「小さな箱なら1箱有りますと頂きました」と。

 

なので私が、「内の物置に新しい発泡スチロール製の箱が沢山有りますので、お入り用なら差し上げましょうか」と。

そこで直ぐに自宅に帰り、大きな箱を5箱ヒモで結束し、再度家主様宅にお持ちしました。

 

我が家では邪魔者扱いでしたが、大変喜ばれました。

未だ小さな箱や中ぐらいの箱なら7箱ほど有るのですが。

 

家主様宅の前の家庭菜園(約90坪)には井戸があり、その水でメダカを飼育しているとの事。

なので我が家の様に、水槽の水(水道水)のカルキ抜き等は必要がないのです。

 

家主様から頂く予定のメダカを入れる水槽の用意が必要ですし、また県ソ協会の前顧問N氏から頂く予定のメダカ様の水槽も要るのです。

 

なので私も、発泡スチロール製の箱で飼育してみようかと思いました。

 

家主様曰わく、「この黒色に青筋が光って見えるメダカが新種なら1尾15万円ぐらいになるのになぁ」と。

だからメダカを飼育されている方々は、何種類ものメダカを同じ水槽で飼育し、新種の作出を考えているのです。

 

私の様に、ただ単にメダカを飼育しているのが気楽なのですが。

それに、私の様な不精者には、新種の作出などは絶対に無理だと思っています。

 

飼育・新種作出の専門家になれば、何十箱という水槽に水温計・ヒーター・水の循環器を設置し、水槽の底には小さなジャミを敷き詰め、水草を生やし、餌も繁殖用の高価なモノを与えているとか。

 

「人も、それぞれ、メダカも、それぞれ」

「たかがメダカ、されどメダカ」なのでしょうか。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

JUGEMテーマ:めだか メダカ

 

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。

数十年来、毎日のようにウオーキングをしています。

 

しかし今回の新型コロナウイルスの流行で、政府や地方行政の長からも不要不急の外出等を控え、自粛して下さいとの要請が行われました。

 

なので考慮した結果、毎晩日課でもある夜間のウオーキングも中止にしていました。

4月6日から5月6日までウオーキングを中断していたのです。

 

しかし以前に政府が5月7日から緊急事態宣言を解除する予定でした。

それで私も7日からウオーキングの再開をと思っていました。

 

そして7日から再度月末まで延長されましたが、幸いにして我が徳島県は感染者数が判明した人数が4名(内クルーズ船2名)なのです。

 

そして県外(兵庫県淡路島)から徳島市内の病院に来ていた患者がPCR検査で陽性と判明し、その後ご本人やご家族の希望で兵庫県内の病院に転院され、先日お亡くなりになられた方を含めて5名なのです。

 

今の所は感染者が増えていないので、5月14日の政府の中間見直し発表で、緊急事態宣言解除になる予定でもあるのです。

 

なので、昨夜から殆どウオーキングや散歩、ジョギングをされていないし状況なので再開をしました。

 

昨夜も20:15分から自宅を出掛けて行きました。

 

妻曰わく、「1ヶ月のブランクがあるので、距離や時間も短縮しないとシンドイよ」と。

また、「前日にはメダカの水槽や車の清掃もしたのに、ギックリ腰にでもなったら大変やから」とも。

 

私は「馬の耳に念仏」と聞き流しながら、ウオーキングの準備をして出掛けて行きました。

 

徳島市S小学校前南門前の自宅から〜N教育大学F小学校正門前〜徳島市T中学校正門前〜M調剤薬局〜前川橋〜徳島市体育館前〜徳島市U小学校正門前〜徳島中央公園〜旧徳島城跡・鷲の門内広場とウオーキングし小休止しました。

 

その後に医療関係者に感謝の意を表すブルーライトに照らされた鷲の門を出発し、お濠端〜助任橋〜阿波銀行助任橋支店前〜徳島中央警察署助任交番所前〜徳島信用金庫前〜スーパーF前〜スパーS前〜コンビニL前〜Y郵便局前〜吉野橋手前〜M寺前〜氏神様H神社〜M調剤薬局〜T中学校正門前〜N教育大学F小学校正門前〜徳島市S小学校南門前の自宅へのウオーキングコースでした。

 

所要時間は約120分間(途中休憩時間も含めて)で、何時もの通りの時間でした。

 

しかし昨夜からは当分の間は足首に巻く2kgづつの重りは外してと思います。

 

前日の水槽清掃も身体には堪えていませんが、暫くは様子を見ながらと考えています。

妻曰わく、「お父さんは根が元気やからと、健康を過信するから気を付けないと」とも。

 

それだけに、「お父さんはコロナに感染しても大丈夫かも知らないけれど、呼吸器官の弱いまた本来が虚弱体質な私は心配なんやから」と。

 

そして小さな声で、「食欲は旺盛やし、直ぐ眠れるし、何処も悪くないし、ほんまに羨ましいわ」と。

 

本当に両親やご先祖様に感謝・感謝です。

 

息子達曰わく、「お父さんは今年78歳やけど、90歳までは行くなぁ、もしかしたら100歳迄行くかも」と。

しかしながら我が石部家は叔父も叔母も、83歳を一期としています。

 

そして虚弱体質の妻の叔父や叔母は殆どの方が91歳まで行くのですから、寿命ばかりは何とも判らないモノなのです。

 

助任

地域の皆様に支えられ 地域に根付いて お陰様で 2021年に 創業35周年を迎えます。

 

べーやん 徳島文理大学

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 徳島(市)情報へ← 宜しければ押して下さい ※ヤル気スイッチです。

石部宅建

石部宅建は昭和、平成、令和と徳島文理大学の 学生物件紹介数ナンバー1を目指します。